自分の中心をつかむ
自分の中心がつかめれば
周辺が知ることができる
自己中心ではなく
自分の中心に気づくこと
大切にしたいこと
好きなこと
嫌なこと
得意なこと
苦手なこと
考えて、選択して、人生をシンプルにしていくことを学んでいく
日常の中で、選択の練習をしてみる
やることを選択する
やらないことを選択する
どちらも選択していることに違いはない
結局日常は、選択の結果でしかないのだから
こころとからだも同じ
選択の結果が、現れているだけ
もし偏りがあるのだとすれば
こころの中心、からだの中心を知ることが
楽に生きるためには必要
選択と決定を繰り返していく中で
自分は1番何を大切にしているのかに気づき
優先順位を明確にすることが
自分の中心をつかみ、周辺を知ることに繋がり
結果、人生がシンプルになるのかもしれない

好きでも嫌いでもなく、無関心とも異なる感覚
嫌いなことは何か?
好きなことは何か?
得意なことは?
苦手なことは?
それを決めているのは自分自身でしかない
好き・嫌い、得意・苦手を体験して
その感覚すらも曖昧になり
ニュートラルに行動することができる
「自分がやりたいことをやる」
自分の安心・安全を保ちながら
好き・得意だからやる
嫌い・苦手だからやらない
それだけだともったいないような気もする
苦手も好き
得意も嫌い
どっちでも良い気がする
基準はやはり「心地よさ」なのか

吉野川祭り
寝転びながら眺める花火
毎年の楽しみの一つです♪






安心感がもたらすもの
実際の命綱やガードレールがどんなに頼りなくても
人は何かが、もしくはだれかが、自分の安全を守ろうとしてくれていると感じるときにのみ
人として生きられる
現実のもろさや危うさの中で
未来を捕捉することは実際にはできないからこそ
希望を分かち合うことによって未来への道筋を捕捉しようとする試み
予言。約束。願い。夢。
「傷を愛せるか」 宮地尚子著
安心感を纏って、ただその場にいる
それだけで充分なのかもしれない🍀

選択権は常に自分にある
最近様々な「悩み」について
お話を聞く機会が多い
職場での悩み
家庭での悩み
からだについての悩み
本当に人それぞれの「悩み」がありますが
ある人にとっては「悩み」であることが
ある人にとっては「学び」であったりする
「悩み」として捉えるのか
「学び」として捉えるのか
やはり選択権が
自分にあるのか
自分以外に求めているのか
この違いが大きいのだろう

既知の事柄から「新しい感覚」を見つける
「いまここ」を生きるために必要な感覚を育てる
大人になると
だいたいのことは既に知っていて
体験する前から
自分の中で
これは昔やったことがあるから
こんな感じで
もう体験する必要もないかなと
頭の中で過去の体験を通して
満足してしまうことが多いかもしれない
遊びの中での体験をどれだけ
「初めて体験するかのように」
味わえるか
やはり「感覚」が重要だと思う
今どう感じるかを楽しみたいですね^ ^

